交通費と交際費が財布を薄くし、来月姉とする旅行の旅費の引き落としがもう間もなくなことに震えながら
冬の寒さと懐の寒さは毎年比例するなと考えていた。
お金は簡単に夢をみられる道具だ。
それ以上でもそれ以下でもなく、対価に対して好きなものを得られる、これ以上ない有用な道具だ。
私がそうしてまで観に行く夢は男性アイドル。
元々は5人組で現在は4人。彼らの勇姿を観ることは痛みが気にならない対価を得られるからである。痛み以上の。
アイドルは、言葉通りで私の人生を照らしてくれた。初めて本物を観たのは15歳だろうか。
ハイタッチ会だったことを覚えている。
前年のコンサートには落選してしまい初お目見えが至近距離だったのだ。
それからその年のコンサートに入って命を動かされた。
自分でも生きていていいんだ、そう思った。
結局毎年コンサートにいったものの病に勝てず一度飛び降りてしまったのだが、彼らがいなかったら私の人生はもっと悲惨で愛や夢や平和を追い求めることはなかっただろう。
そして立ち直ることもできなかった。
私は、エンターテインメントに憧れた。
今年も一度夢のような現実を、彼らの姿を観たが、また1度それが観れるのだ。私も姉も嬉々としてその日を待ち侘びている。
最近は至って順調だった。
この心に覆いかぶさっていた不安とそれを提供する者が消えたから。
効かない薬と思いながら十錠も口に入れずに済む。何錠飲もうがこの薬はよく効くし、何より自分は「普通」に快調に向かっている。
これは躁なのかもしれないが、そうでないかもしれないので、いいことを考えたい。楽しいことが控えているのだから。
冬の風が突き刺すように身体を煽る。
バイト先の先輩が火をつける煙草は
そんな冬の渋谷を煌めかせた。
彼女が美しいから。その煙はきっと誰かの想いを壊すものではない。
煙草は吸わないし、臭いも得意ではないが綺麗な人が手に潜らせる白い8mm程の物は絵になると思った。
笑顔で彼女と別れて、帰る路線へまっすぐ向かう。
液晶には笑顔が零れる通知が流れた。
何度目かのコール音に心を浮つかせながら
応答のボタンを押す。見逃すは特急列車、帰宅は遅くなる。
だがこの電話先にも夢がある。
耳元へ携帯を運ぶ。本来の電話の使い方なのにわくわくする。だいぶ聞き慣れてきた声。
新しい世界、新しい夢。恋人だ。
特段規則性に厳しい人ではないが、大抵同じ時間にかかってくる電話と、たった5分程の会話に伝えたいことと感情を詰め込む。
「写真観たよ、いいね、何味?」
彼が私のことをよく褒めてくれるので先輩が撮ってくれた、スイーツを持つ自分写真を添付して送信していた。
生クリームがかかっているんだと必死に説明する、うんうんと穏やかな声でいつも聞いてくれる。特急列車がパンパンになっていくとことを見送りながら明日の話をする。
カレンダー通りの休みでしか会えない彼だったが、カレンダー通り会えるから、定刻のギリギリに明日会えるから楽しみにしてるね、と。暖かくしてねと電話を切った。
思い悩む必要は無かった。信じたければ信じればいいし、信じたくなければ疑えばいい。
疑われる要素が多いのであれば、証明したい相手であれば晴らせばいいしどうだってよければ気にしなければいい。
先々月の出来事があってから私のメンタルはターンオーバーと共に強くなったらしい。心は新陳代謝だろうか。
小さな夢がある。結婚して、子供は3人。
1番上は男の子で、その3つ下に双子の男女。
私の理想の家族構成。現代日本でこのような家庭を築くのは宝くじでも当たらない限り努努無謀だろう。
でも夢を見ないと生きていけない。それが現代社会で我々人間の唯一の希望ではないか。
だから多少妥協して生きても、なんでもよいのだけれど、お付き合いは結婚前提が良くてできればロマンチックな出会い方をしたいが、
そういうところを諦めていくのが大人だろう。
好きなタイプとか、身長とか、年収とか、血液型とか、年齢とか。
諦めた先に自分を愛してくれる真の想い人がいるなら、それは諦めではなく運命となる。
都合がいい?人間そういうものだろう。
愚かといえばそれまでで、ありがたいと思えば幸せである。
結局思想の中で生きているのであって、何が幸せか常に私が決められるのだ。
だから紙幣は交換物としての価値しかないし
それでどの幸せを得るか選ぶことができる。
しかし、多く持っているものの方が当然選択肢は多く、嘆きたいときもたくさんあったが、
今は明日、あの人と会えることを心に
この快速の終点までは、静かに目を瞑っていよう。